「愛とは、あなたが誰かとくぐりぬけてきたものだ」
唐突に千石の口から放たれた言葉に、俺も東方も何事だと視線をやった。
十一月とはとても思えない寒空の下、俺たちは何だってまた屋上なんかにいるのかと言うと、この唐突で突拍子もない千石本人に呼び出されていたからだ。
「…何、その目」
「お前こそ、何だよそのサムイ台詞は」
「寒かないだろ、いいかい南、大事なのは愛、どんな試練だって愛さえあれば!」
とりあえず、この寒さは身体的にも心情的にも千石が与えてきた試練なのだ。乗り越えるのは愛ではなく千石だろう。
えらそうに愛を謳う千石は、マフラーをして、制服の下にパーカーを着て、あろうことか耳あてまでしているっつーのに!
「嫌だな~、これは耳あてじゃありません、イヤーマフラーですぅー」
「耳あてでもイヤマフでも何でも構わないから、もう開放してくれ、ほら東方だって固まってんじゃねえか」
これだけ俺と千石が騒いでも、東方は身震いを大きくひとつしたきり、ぼんやり突っ立っているばかりだ。まあ、東方には、こういうところが元々ある。
「東方、ほら、もう中入ろうぜ。こんなバカに付き合ってても良いことなんかないぞ、基本的に」
「千石、それ、さあ」
「なになになになに!」
今の今まで考えこんでいたらしい東方、どうやらそれを待っていたらしい千石、…じゃあ俺だって待つしかない。振り切れない悲しさよ、しょうがない、地味だ地味だと言われても全力で抵抗できないのは、このあたりなんだろう。
「俺たちと、何か、そういう…試練?みたいなのを、くぐりぬけたいのか」
「そうそう!」
よくぞ分かってくれました、と東方の手を掴んでぶんぶん上下に降る様子は、日曜日のお父さんにまとわりつく子供みたいに見える。正直すぎる反応なんて、却って胡散臭い、あの千石清純が、だ。
「え、何だそれ千石」
「南は相変わらず察しが悪い!女の子にモテないよ、ほんっと!」
「うるせえ」
東方の腕を捕まえた千石の手を、上から思い切りよく手刀よろしくぶったぎると、要領の良い千石はまんまと逃げおおせ、要領は並…かそれ以下(大事で自慢な相棒だが、贔屓目ももてない程度にはよく知る仲なんだ)の東方は、痛そうに手をぶらぶらさせている。
「愛かあ」
「愛だよ」
「愛ある態度じゃないと思うけどな…二人とも、分かったから、もう中に入ろう」
「うんうん南、それも愛だね」
十五歳の男子が三人集まって、愛だ愛だとしきりに言っているのは妙なので、なるべく早くこの妙な集会を解散したい。
そう、十五歳。
千石の誕生日だと言うのは重々承知な俺と東方なわけだ、が、千石が今日に限って愛だの何だのと言ってくるので、正面から誕生日おめでとうなどとは言いづらい空気になってしまった。
千石は自分で俺たちの愛を踏み潰しているって、知らないんだろうなあ。
まあ、それもくぐりぬけて来たらいいさ。
人様の悪口なんてそうそう言えない(言わない、との差はとても大きい)俺たちにここまで言わせてるんだから、くぐりぬけてきてもらわなきゃ困るぜ、千石!