俯く子供の小さな膝小僧を、俺も一緒に見つめた。いや、子供の方は膝小僧を見ているのかどうか分からないが、少なくとも子供の顔は俺から見えない以上、想像で補うしかない。
どうした、とたずねる声が意外と小さくて、自分でも驚いた。
大きな声を出せば驚いて逃げてしまうんじゃないかと無意識にセーブしていたらしい。
子供なんて、バカみたいに元気で、元気じゃない子供も隠してるだけで元気で、というのを俺は妹とその友人どもで嫌というほど知っている。兄・バーサス・妹プラス友人、と、そうではない構図とでは違ってくるものなのか?
「あり」
俺が返事を諦めて、少しかがんだ姿勢を正そうとした瞬間に、より小さな声が届けられた。
「あり?」
「が、います」
途切れた言葉を繋ぐ作業は、そちら側で終えてから提出して欲しいものだ…とはさすがに俺も言わん。この小学生が、そうだな、俺と同じ年であれば言ったかもしれんが。
「蟻か、好きなのか?」
「ぼくが好きでもきらいでも、ありはぼくの前に出てきます。ぼくが見ていなくても同じことでしょう、だから時間があれば見ることにしています」
その接続詞は合ってるか?だから見る、っていうのは、あまりスマートなつなげ方には思えんぞ。
「いいんです。ぼくがありを見てたって、あなたはちゃんと来てくれるし、それならなにもしないでありを見ているほうが、見てないであなたを待ってるよりずっといい」
つまりこういうことだな、俺が迎えに来ないことを、こいつは怖がっている、と。
そして俺はそれが不憫に思えるから、蟻なんか見てないで、俺が来たら顔を上げて笑ってみせろと言いたくなっている、と。
人んちの子だしな、預かり物だしな、俺が勝手に教育していいわけじゃないしな。
「…古泉一樹」
「はい」
柔らかそうな髪、だからお前が顔を上げてくれないと、笑ってんのか泣いてんのか分からないんだよ。
「泣いてません」
言って、子供は俺に笑ってみせた。
無理をするな、なんて言わんぞ。無理しとけ。無理できなくなったら俺が説教の一つや二つ、かましてやるから。
「とりあえず、今日のところは帰るぞ。蟻はまた今度」
「はい」
「…明日、晴れたらどっか連れてってやらんでもないが、やっぱり蟻のほうがいいか?」
「いいえ、あなたと居られるのなら、どこでも構わないんです」
俺が少女でお前が美青年だったらな、瞬く間に落ちただろうに。だが現実はそうではないのだから、お前は黙って俺に手を繋がれておけ。
古泉一樹を俺の家へと連れて帰るのも、あと三日。子供らしからぬ頑固な古泉一樹は、俺に対して子供らしい仕草を見せてくれるだろうか。