そもそも呼び出されたのは、後輩の金太郎が「靴が合わんねん、足の指が痛い」と言っていたことを、ちょうど先輩から電話が来たその日に教えてしまったからだ。靴見に行くで、とテニス部の練習もない早朝から夕べ電話をした先輩と、金太郎と、部長。
「何で部長だけチャリやねん」
「ん? 健康にええんやで」
無論、彼が自転車通学であることも知ってはいるが、人とでかけようというのに団体の輪を乱すのは彼にしてみたら問題アリなのではないだろうか。
「はよ支度して来ぃや」
「えー……」
そんなメンツで買い物など冗談ではない、面倒くさいことになるしツッコミ不在だしやめてくれと思ったが、思うだけだった。自分に拒否権などないことは知っているのだ。
三人はテンションも高めにあれやこれやと口を挟みつつ、金太郎と自分の靴を見立てた。予想外に買い物は早く済んで、これなら早く解放されるかな、と店の外に出てからが地獄だった。
アスファルトが太陽光で溶けるんじゃないかと思うほどの熱気。頭上から刺すような痛みを伴う直射日光と足下から上る熱気で吹き出す汗が止まらない。
暑い、とは言わないでおくことにしよう。
夏が暑いのは分かっていることだ。自分の身にのみ降りかかっている悲劇ではなく、隣で眉をしかめている先輩も、颯爽と自転車で帰ってしまった部長も、後ろに乗せてと部長に頼んで断られたのに機嫌を悪くすることなく併走している後輩も、皆一様に感じているところ……の、はずなのだ。
「謙也ー、ざいぜーん、金ちゃん俺んち寄せるわー」
「へ?」
振り向いた彼は、汗をかける環境が気持ちがいいのだと言わんばかりの笑顔でこちらに向かって叫ぶ。
「俺のお古のやるって約束しててん! お前らも来るか?」
隣の先輩が無言のまま視線を寄越してきたので、あわてて首を横に振った。冗談じゃない。どうせ彼の家まで走らされる。
「俺らは適当に帰るわ、今日はここで解散!」
「オッケー! したらまた、部活でな」
「お疲れっしたー!」
最低限、部活の後輩としては本当に最低限の声を振り絞って応えた。手を振り返すのもかったるい、大声を出して挨拶をしたことを評価して欲しい。部長は心の中にとどめて置いたその願いを聞いたのか、うんうん、と頷いてまた背を向ける。
「……駅、遠いすね」
「せやなあ……」
そういうスポーツショップは地下鉄もバスもたくさん通ってる街中にあるべきだ。なのにバスは数本、最寄り駅も近くない辺鄙な場所に連れて行かれたばかりに、今、暑さで気が遠くなりかけている。
暑いと言ってその暑さを実感するのもバカらしい。でも言わないではけ口もなく不機嫌なように見える先輩と並んで炎天下、救いがなさすぎる。あっと言う間にその背も見えなくなった後輩と部長。やっぱり前言撤回だ、あの二人はちょっと異常だから暑さなど感じていないかもしれない。
「せーんぱい……」
呼ぶと、髪を黄色と茶色の中間あたりに染めた頭が揺れて(というのも怖い)、こちらを向いた。無言、相手も口を開くのが嫌なのだろうと思うとやっぱり「暑い」などとぐちゃぐちゃ言わなくて良かった、と思う。
「マクドか、何か、もう牛丼屋でもええし」
「入る?」
「死にますよ、こんままちんたら歩いとったら」
「俺もそう思うわ。せやからお前が好きそーなオシャレなカフェとかないかなって思てたとこやねんけど」
前に何かのアンケートで、デートに行くならカフェとか、と無難に答えたつもりが謙也にやたら受けたらしく、以来何度となくからかいのネタにしてくる。が、先の回答はデートだと言ったはずだとツッコミを入れるのも面倒くさい。
「オシャレでも非オシャレでもええです、もう」
「ん」
もごもごと口の中だけで返事をすると、謙也も軽く頷いた。
「緊急事態な感じしてきたな」
「俺も、そう思いますわ」
耳をつんざきそうな蝉の音。近年、爆発的に増えたという話は嘘ではないように思う。
携帯を見れば午後の三時、ああ、西日がきつい辛い、つまり暑い。
とにかくどこか、もう食べ物屋でなくてもかまわない、本屋でも花屋でも……ああ花屋は涼しそうだ、などと考え始めたところで二の腕が酷い熱さのものに掴まれた。
「ひっ」
「あかん、タクシー乗んで」
え、何が、俺が? と驚いて顔を上げようとしたのに叶わなかった。頭が重い。ああ、確かにこれはまずい。
「先輩」
「んー……お、タクシーきた。ほら乗って」
タクシーはさすがにやりすぎじゃないか、と言わせてもらえないうちに、後部座席のドアが開けられて中に押し込められる。当然、車内はエアコンで冷やされていて、座りなおして腰を落ち着けるより先に目を閉じてしまった。
「財前、これ飲んで、もう冷えてへんけど」
差し出されたペットボトルはキャップが開けてあって、確かに常温ではあったけれども喉を潤すには問題ない。
「ん、したら頭こっちにして寝転がって」