「妖怪」
呆然と呟く彼の声に、こちらこそが呆然としてしまう。
この白い羽が目に入らぬか、と言ってしまいたい。
「もっと他にありませんか」
「怪物、ミュータント…コスプレ、異常性癖」
「…いいです、妖怪で」
正直なところ、妖怪でも怪物でも差はないように思われるが、それだけ彼にとっては異形のものだったのだろう。僕は自転車置き場で立ち尽くす彼の正面に回った。
「…おい妖怪」
「…何ですか」
「それは、その、痛いか」
僕の白い羽から伝って足元に溜まる赤い水を、彼は静かに見つめていた。羽が生えた人がいる、傘も差さずにずぶ濡れの人がいる、足元に赤い水溜りが出来ている、さらにそれは知人である…どれを取っても異常だろうに、彼は落ち着いたもので、この合わせ技にも叫んだり取り乱したりしなかった。
「痛くないと言えば、嘘になりますね。ですが見た目よりは痛くないかもしれないし、ああ、そうだ、これは持たざる者には分からないかもしれない。それでも僕はあなたに、」
「おい」
「はい?僕の相手をするのが嫌になりましたか?まさか僕が閉鎖空間で戦って毎回無傷で帰って来ているとでもお思いでしたか?それとも」
「うるさい、お前これ持て!そんで後ろ座れ!」
彼はふつふつと怒りが湧き起こってきたのか、僕の説明を遮って取っての白いビニール傘を僕へ突き出し、僕が受け取ったのを見るや否や荷台へ座るように指示してきてくれた。
「申し訳ないです、ご迷惑だろうとは思ったんですが」
「当たり前だ、俺はともかく、近隣の皆さんに迷惑かけるなよ、お前のせいでマスコミが殺到するか、ああ違うな、その前に警察が来て、」
彼の心配ももっともだ。何せ僕はずぶ濡れでコンビニ脇の駐輪場に立っていた。やっとの思いで戦闘が終わって、さあ撤収だ、というところでいつものように空が割れていくのに灰色の空間は灰色のままで、ようやく雨が降っているのだと気付いた。閉鎖空間に入る前は降っていなかったが、そもそも真夜中の天気までチェックする趣味など持ち合わせていないので仕方が無い。どうせ機関の車で帰るだけなんだから、と踵を返そうとした瞬間、見慣れた自転車が目に止まる。
彼の自転車だ、見間違うはずがない。
彼を待ちたい、こんな夜中に会えるなんて奇跡のようだ、と一瞬ぼんやり思う。
「古泉!置いていくわよ!」
背後で森さんが叫ぶ声がしたが、すぐに雨の音に消された。雨はますます強く降ってきて、僕の戦闘で汚れた体を洗ってゆく。願ったりかなったりだ。今日の戦闘は酷かった、閉鎖空間の中とは言え、神人に薙ぎ倒されて墜落した先がオープンカフェで、タイミングの悪いことにはホットドッグがテーブルにおいてあった。買った人は辛いのは苦手だったのか、ケチャップのみのホットドックを背中の羽でなぎ払ってしまったのは他でもない僕だ。
「一人で帰ります」
どうせこのまま車に乗せてもらうのも忍びないなと思っていたところだったのだ。
そうして彼を待つうちに、雨の勢いは落ち着いてきたもののケチャップがどろどろに溶けて気持ちが悪い。コンビニの店員なり他の利用客なりが僕のこの有様を見たら悲鳴を上げるだろう。
彼はそうしなかった。
見事なまでに勘違いをしてくれて僕をどこかへ運んでくれる。この方向だと僕の家だろうけども、家に着けばきっと血まみれなどではなくケチャップまみれであることは露呈し、風呂場へ容赦なく叩き込まれるのだろう。
「お前んちでいいよな」
「はい」
「包帯とかガーゼとかで間に合うんだろうな」
「…要らないと思いますけどね」
彼にこんなことで怒られるのなら望むところだ、本望だ。
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後出しで申し訳ないが、この古泉は赤い球体になったりしないで天使の羽みたいので飛び回るのでした。
すげー不親切ですよね後出し…だって先に言うとつまんないかと…
絵茶で書けって言ってくださった方、ありがとうございました!勇気でた!