法事でないと、こんなに長い時間正座をすることもないな、と思った。まだ足が痺れている感じがするが、動けずいるのはそんな理由じゃない。
カツオ兄さん曰く「スーパーカー」の中で一人、ハンドルにつっぷしてぐるぐると取りとめもない考え事をするのも、中々に久しぶりだった。
見たか、あの顔、「イクラちゃんのだったの?」って、それはないでしょう、タラオさんよ。
いつも君の家に来てる俺が徒歩でなかったことくらい知ってるでしょう。
スーパーカーが泣くってんですよ。
彼にどれだけ興味を持たれなかったとしても、やっぱり俺は彼のところへ足繁く通うに決まっている、けれども、本当のところ、このスーパーカーに乗っていただければもっと色んな所へ連れて行ってやれるのに、なんて、そんなまさかセンチメンタルジャーニーなことを毎日考えてるわけでは、決して。
「イクラちゃん?」
窓を軽く叩く音がして、柔らかい声、スーパーカーの持ち主に関してはタラちゃんの上を行く驚き方をしていたワカメ姉さんだった。
そりゃあ、駐車しっぱなしで動く気配もない奴が居たら不審だろう、それも知らない顔じゃないんだから声を掛けて当然だろう。掛けられたくなかったけども。煩いくらいに構ってくるのはここの血筋だ、仕方がない。
窓を開けて、「駐禁、ショックで」なんておどけて見せるとワカメ姉さんは白い顔に笑みを浮かべて、
「…ふふ、本当にイクラちゃんの車だったのね」
と言った。美人なお姉さん、の鑑としては満点な表情だし、声色だ。
そうですとも、あなたは、というか、あなたこそ、もうこの家に頻繁に来る事もなかったからご存知ないでしょうが、俺とタラちゃんだって「この家で会うのは久しぶり」なだけで、散歩中のタラちゃんを追いかけていったり、仕事中のタラちゃんのところに顔を出したりなら、いくらかは。まあ一方的ではあるけども?
「乗る?」
「ええ?わたし?いいわよ、用も無いし、似合わないし」
「俺、似合ってる?」
「生まれた時から乗ってました、ってくらいには」
生まれた時のことも、数ヵ月後に乗り回していた車がプラスチックのおもちゃであったことも知っている彼女がそう笑ってくれるのは、一人っ子の自分にとっては貴重な気がする。
「それに、わたし、スーパーカーなら一台持ってるのよ」
「え、うそ」
「ほーんと。こないだ寄ったときにね、お母さんが、ほら」
ぎぎ、と音がして、窓から身を乗り出してワカメ姉さんの足元を見ると、花柄のキャリーカート。
「ね、似合うでしょう」
「…生まれた時から使ってました、ってくらいには」
分かり易い冗談に彼女はまた「ふふ」と優しく笑い、「これ置いてくるから、ちょっと待ってて」と花柄のキャリーカートをカラカラ引き連れて家の中へ入っていった。
きっとこちらの気晴らしに付き合ってくれるのだろう。
ワカメ姉さんが美人であること、タラちゃんがある時期からこちらへ関心を寄越さないこと、自分自身が「要領が良くて頭が良い女」が好きなこと…どの条件をとってみても、俺が転ぶべきはタラちゃんではなくワカメ姉さんだろうに(と断言してしまうには、彼女が一番の理想っていうわけでもないが)。