口を開きかけてまた閉じる、その様子を見て財前はにんまり笑った。
呆気に取られているところを無防備に晒したくないのか、それとも財前には格好悪いところを見せたくないのか、とにかく謙也の思う「かっこいいケンヤ先輩」に戻る瞬間が見れて満足だった。そのままかっこ悪いケンヤ先輩、でいてくれても構わないといえば構わないけど、でもそんなものは財前のケンヤ先輩、ではないから。
「……財前、服、着てや」
「嫌っすわ」
「……」
何で、とも訊けないでいる謙也は、ちゃんと財前の真意を考えてくれているのだろう、眉間に分かりやすく刻まれる皺。
向かい合っているのに、触ってももらえないで、にらまれるように、だけどきっとこの人は。
「謙也さん」
「ん」
呼べばちゃんと答えてくれるというのに、触ろうとはしない。視線が合ったままなのに、このひとはこちらを見ているのに、きっと触れば熱だって分かち合えるのに。
「触ってくださいって言うても、嫌なんですよね」
「嫌っちゅーか、ちゃうわ、そら願ったり叶ったりやけどちゃうやろ」
「何が?」
「ちゃんと、しときたいねん……」
ちゃんとでも、ちゃんとでなくても、キスだってハグだって内容が変わるわけじゃないのに、謙也がきちんと区切りたいと思うならしたがってやろうじゃないかと思うのは、
「……したら俺は、何したらええんですか」
「せやから服着て、ほんでちょっと話しようや」
思うのは、だって、恋だ。
振り回されたい、欲しがるだけ差し出したい、困惑してもされても手を離す気がないのはお互い様なのだ。
「話終わったら、謙也さんも脱いでくださいよ」
「お前そればっかやなぁ……」
「はぁ、思春期なもんで」
アホか俺かて……、と続く言葉を財前は聞かずに脱ぎ捨てたシャツとパーカーを拾い上げた。話をするって言ったって、どうせ心構えなんかを聞かされて、悪くすればこっ恥ずかしいような未来像、……いや、それは悪くない。悪いのは彼が「こんなの何でもない」というようなことを言ったときだ。言わないと知っているから、最悪のケースに本当の最悪を置かずに居られるのだけども。
もそもそと服を着ていると、先ほどより幾分視線が柔らかくなった謙也、話し終わったら始める(かもしれない)のに、何だか落ち着いてしまっている。
「……何やねん」
「いや、な」
「なに」
「ちゃんと話さしてくれるの、何や、嬉しいなって……な?」
クールにさらっと返事をしたかったのに、そんな目でそんなことを言われてしまえば財前も黙るしかない。
先に脱いでリードしてしまえば恥ずかしいことも怖気づくこともないかと思ったのに、わざわざ制止されてその上、そんな目で、なんて。
服を着終えて、なお黙ったままいると、謙也が少し笑って手を広げた。
「おいで」
何がおいで、だ。
悪態をついたのは胸のうちだけで、すぐに「だって恋なんだ」に摩り替わる言葉は、そう簡単に財前の口からは出てゆかない。手を伸ばして、引っ張ってもらって、そこへ収まる。
畜生、話なんて面倒なだけなのに。耳元にひとつキスを落とされたら簡単に「そんなら聞いてやるか」という気持ちになってしまう。本当に簡単にできている。
だって恋なんだ。