家族バレネタって怖いからあんまり書きたくないんだけど、あんたと一緒やったら明るい未来しか見えへんわ!みたいな話
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付き合って、何年だ。中学三年の冬に告白したから、五年。無事に高校も大学も付き合ったまま進学して、おかげさまで来月は成人式だ。
どう考えても先のない関係だな、と思っていた割に長続きしてしまって(しまって、というのは、嫌だということではない。予想外だったというだけの)、家族にはやれ彼女は居ないのか好きな子はいないのかとつつかれて実に肩身が狭い。
だいたい、兄が早婚だったのがいけない。自分と似たような付き合い方をして、そう、それこそ中学から付き合っていた彼女とハタチでゴールイン、順調にオメデタ、一子をもうけて働きまくって親孝行して……次男の財前が比較されても仕方の無いことだと分かってはいても気分が悪い。
だって家族は知らないのだ。財前だって同じように、ずっと好きだった人と付き合って、もう五年も経って、その間に喧嘩したり仲直りしたり、いちゃいちゃ旅行なんか海外まで行ってしまったし、家族にも紹介したし、……したのに、家族は知らない。
さて季節はクリスマス、ハタチになった次男坊はまた同性の先輩と過ごすというから家族は例年通りに茶々入れしてきて、――そこまでは良かった。しかし次男坊のほうは積年の恨み……いや恨みではなかったが、とにかく積もり積もったストレスが爆発してしまったのだ。
家族はつつかれたのが嫌だったのかと勘違いした。
違う。付き合ってる人ならいて、その人を大事に思ってるし、それなりに大事にされてる。と、言えないことがまさかストレスになるとは思わなかった、秘密の恋愛に少しばかり酔っていた中高生の時期の自分。
「……食事会、しょーや。俺セッティングするし」
「光?」
「おかんらが予定あんなら日ぃ改めるけど」
「え、なん、あんた付き合うてる子、おったんなら言うてよぉ、びっくりするわホンマ!」
母親はからから笑っている。義姉は「言い過ぎたかな」と少しだけ申し訳なさそうな顔をした。財前が本気で家族に向かって腹を立てた様子を見せるのは、十年ほど前にあったっきりだったので、家族は覚えていなかったのだ。彼が怒ると、平べったい笑顔になる。
そうして、騙まし討ちのように恋人を呼んだ。もちろん、五年付き合っている同性の先輩だ。
ホテルの、ちょっといいレストランを予約した。父と母と、兄夫婦と甥っ子と、自分と、恋人の分。先に家族をテーブルに着席させて、ホテルのロビーで待っているように伝えておいた恋人を迎えにゆく。
「あ、財前おしゃれしとる」
「TPOやろ、おしゃれちゃうわ」
「似合うてるからおしゃれやろ」
自分で仕組んだこととは言え、緊張している財前には着ている服が似合っていようがいまいが、気にならない。ついでに言うと、謙也が持っているプレゼントらしき小さな紙袋も気にならない。(ああ、クリスマスのデートのつもりやってんな、という程度だ)
「財前が予約してくれるとか、珍しいからめっちゃ嬉しいわー」
語尾も伸びて、鼻の下も伸びて、デレデレの恋人。アホだ、このひと。俺はあんたを騙して連れてきてんのに、アホ。
だけど、騙されたとして、彼が自分を裏切らないことも財前は知っている。
「予約してた財前です」
ウェイターが頷いて、お待ちしておりました、と案内してくれる。子どもの声は、甥っ子だろう。やんちゃの盛りだというのに、こんな所に連れてきて申し訳ないな、と、ちらりと思った。これでも一応、子どもOKのとこを探したんだけど。
「え、あれっ、財前ちの、」
「謙也さん、声でかい」
「ごめん……えっ?」
目ざとく気付いて、混乱しているだろうに、財前の注意に声は低められた。
「連れてきた」
「えっ、あれっ? 謙也君やないの、久しぶりやねえ、元気やった?」
「こんばんは、ほんまご無沙汰してます、て先月お邪魔しましたけどね!」
不思議そうに、でも愛想よく挨拶する母親に、謙也もちゃんと返す。返しながら、財前の手が掴まれた。ぎゅ、と握るように。だから握り返した。そのつもりやで、というつもりで、ちゃんと伝わるかな、伝わらなかったら、トイレで説明くらいはしてやってもいい。そのくらいの親切はすべきだ。
「座って、先輩、今日は俺のおごりやし」
促すと、手が離れる間際に強く握り返される。
「……俺かてバイトしてるし、そういうことやったら半額もつで」
「医大生のバイトなん、たかが知れてますわ」
軽口をたたく自分の言葉が震えてやしないか。謙也の隣に座って、家族に飲み物を聞いて、注文をして。料理はコースだから大丈夫、グラスにだけ気をつけておけばいい。
(家族のグラスに気をつける日が来るなんて)
その間中、家族の視線が気になってしょうがなかったが、避けないように我慢した。目をそらしてはいけない、自分で決めたことだ。
飲み物がグラスに注がれて、甥っ子の葡萄ジュースもきた。
どうしようかな、と少し迷うと、義姉が「メリークリスマスでええんちゃう」と助け舟が出た。優しい顔で笑っている、彼女は気付いて、そして見守ることにしたのだろうか。
「したら、……何これ、照れるわ」
小さな声で、メリークリスマス、と続けると、甥っ子が真似をしてやっぱり小さな声でメリークリスマスと言った。それで空気はやわらかくなった。
「光、お前、紹介してくれるて言うたやんな?」
グラスに口を付けて、離した、そのタイミングで父親の静かな声。咽そうになるのを慌てて飲み込んだ。
「言うたで。……あと、ふざけてへんで」
「したら、紹介してくれ」
まっすぐ見据えると、母親も黙ってこちらを見ていた。
これは試験かな、と思った。試されてる。ちゃんと紹介できたところで、ようやく一歩目。隠し続けた五年間は苦しくはなかった、あれは生ぬるくて優しい時間だった。そういう時間を、自分と謙也とで作っていたんだ。誰にも知らせないから、誰からも侵されない、そういう時間を。
「……もう知ってると思うけど……謙也さん、中学んときからの先輩」
「ざいぜ、や、ちゃうわ、光君とお付き合いさしてもろてます。俺やったらあかんこととか、心配なることとかあると思いますけど、出来る限りのことは全部やらしてもらいますんで許してもらえたら嬉しいです」
躊躇いは一秒程度もなかったはずなのに、謙也はきっぱりと後を引き取った。驚いて隣を見ると、謙也はちゃんと向かい合った財前の両親を見つめている。騙まし討ちなのに、謙也はそんな覚悟をしないで今夜、ここへ来ただろうに。
財前が事前に彼に言ったのは「ホテルのレストランやから、変なもん来てきたらアカンみたいですよ」と、たったそれだけ。
財前が親にあらかじめどんな話をしているかとか、何も知らないはずなのに。
胸が苦しい、何か、熱くて大きなものが詰まっているような感覚がした。
TPOが許すなら、今、抱きしめたかった。抱きしめて、泣きそうな自分の背を抱き返して欲しかった。くそ、好き、と、ただそれだけの気持ちだ。
ゆっくり視線を両親に戻すと、二人とも変な顔をしている。その隣に座っている兄も変な顔をしている。義姉と甥は、何か小さな声で喋っていたから分からないけど。
(どういう顔やねん、謙也さんがちゃんと言うてくれたんに)
ごめん、家族が変で、と、多分自分はそんなようなことを言おうとした。
でも声は喉から上に登ってこなくて、代わりに謙也の指が頬に触れた。思いがけない濡れた感触に驚く。
「もー、何で泣くねん! 何も心配ないって思てたから、みんなを呼んだんやろ、アホやなあ」
乱暴に頬を拭われて、それからセットした髪もぐしゃぐしゃにされた。勢い、俯くことになって、テーブルクロスに自分の涙がぽたりと落ちてグレーの染みが広がる。
泣いてたから、変な顔をされたのか。なるほど、と理解はしても、挽回方法が思いつかない。ず、と鼻をすすると、隣から「俺が話してええんやな」と訊かれた。
もう勝手に喋り始めてるくせに、と思いながらも頷くと、謙也は笑った気がした。相変わらず俯いているから見えていないけど、きっと彼は笑った。
「あの」
「はい」
「今すぐ何かがどうこうなるわけちゃうんで、俺と光君のこと、考えてもろてもええですか。急なことでびっくりされたかなて、本当にすみません」
「ええの、謙也君もどうせ、この子に騙されたんやろ、見たら分かるわ。この子、面倒なことあるとぜーんぶ謙也君にさしてたもんねえ。おばちゃんもよう知ってるわ」
母親の、柔らかな声。まさしくその通り過ぎて反論の余地もない。
「おばちゃんが悪かったわ、この子に付き合ってる子ぉおるんやったら会わせなさいって、なんべんもせっついててん。あんたら、あれやろ、今日デートやったんやろ」
「や、でも、こっちのが大事なことやし! 大丈夫です、ほんま!」
そりゃそうだろう。
勝手に家族にばらして、紹介して、……させて。大事も大事、一大事なはずだ。
父親も取りあえず爆発することは無かった。こんな方面に理解があるのか無いのかすら知らなかったけれど。
「息子がしっかりしてへん代わりに、あんたがしっかりさせられてんのは分かったわ。とりあえず今日は保留にさしてくれ」
「はい」
「五年やろ、……えらいなあ、自分ら。おっちゃん、自分らくらいの年ん頃は毎年好きな子違てたよ」
「そらアンタがお付き合いしてくれる女の子おらんかったからやろ」
いつも、謙也が遊びに来るときのような空気が戻ってきて、謙也も自分も分かりやすく力が抜けた。良かった、取りあえずは一歩。
「あー、あ、ああ……おばちゃんらにはプレゼント準備してへんかった……」
手土産忘れた、みたいな気の抜けた謙也の一言に、父親も母親も兄夫婦も笑った。
良かった、このひとが、俺の恋人で。言葉にはしなかったけれど、テーブルについている者は知ってくれただろうと、財前は思った。
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謙也君からのクリスマスプレゼントは恐ろしいことに指輪でした。財前は普通につけます。深く考えても寒いだけだという開き直り。あとペアリングではなかったので。