「……何ちゅーか」
相手はこちらを見ていない。眩しいだろうに、わざわざ夕日を見つめて珍しく歯切れの悪い言葉を繋げている。
「困らせるつもりで言うてるわけやないねん、けど、困るやろうなとは思っててん」
「……はあ」
財前としては、そんな曖昧な返事をする他はない。どんなつもりか、より、相手にとってどうであるかということを優先しない謙也はやっぱり勝手だな、とぼんやり思うだけだ。自分に厳しく他人に甘い。優しさじゃなくて、これは甘さだ、と。
「……何か言うてや」
「先輩が話があるって言うたんやろ、俺は別にないし」
思うまま返事をしてみると、謙也は諦めたように「せやな」と会話を区切ってしまった。だからどうしたい、という次につながる話をしてくれたら、それについて財前がどう思うかだって言える(かもしれない)のに、謙也の話はそこで終わってしまったのだ。
食い下がれ、というのも妙な話だし、やっぱり財前は他に何もいえない。
「先輩」
「ん」
「そんなん、電話で良かったんと違いますか。アンタが電話好きちゃうの知ってるけど」
勝手に早く返事をしたい謙也が、相手の都合に合わせなくてもいいメールを好きなことは知っている。でもそれじゃあ、あんまりだ。相手あってこその話じゃないのか。
「電話が嫌いっちゅーわけでも」
「メールでも一緒ですよ、結局。先輩からメールあって、したら俺はラーメン食うててもこんなして家飛び出て、」
「あ、ラーメン食うてたん」
「じゃかあしぃわ」
余計なことへ脱線しかけた謙也に、それこそ気遣いもなくぴしゃりと言い退けると謙也はちょっと笑って(笑ってはいないかもしれない、夕日が眩しくて目を細めただけかもしれない)、わざとらしく大きく息を吐いた。
「困らしたいわけちゃうっちゅーのは、ホンマやねんけど、……顔見たかった、困らしてもうても、怒られても、キモイて言われても、それを俺に言うお前の顔、とか」
ぐ、と言葉に詰まる。
結局この人は財前に何も期待していない。財前を通して自分自身を見ている。期待されていないのに、それなのに、顔を見たいと言われた財前は「俺を見て」と言いかけた。だから言葉が喉に詰まって、痛い。
「……そんなの」
「うん、俺が悪いわな」
「当たり前やろ、俺は悪ない、……でも絶対、俺のが罪悪感持って、俺のがキツいっすわ。アンタは吐き出してスッキリして、また明日なとか言いよんのやろ。かなんわ」
財前は謙也ではない。だから顔なんか見たくなかった。見られるのだって嫌だ。どんなツラを下げて、こんなみみっちい文句を言っているんだと思われるのも、表情を確認されて見透かされるのも嫌だ。
「財前、」
「うっさい」
「うっさいってお前」
「やかましい」
「財前!」
肩を乱暴に掴まれる。無理やり黙らされたかったのか自分は、と、呆れてしまうほどに急に力が抜けてしまった。
見透かされたくない、ラーメンのスープを気に入っていたパーカーにちょっと零したのも無視して全速力で家を飛び出て、夕方の公園なんてシチュエーションに惑わされそうになるのが怖くて公園の数メートル手前でそうっと深呼吸までした。
そんなことの全てを、見透かされたくない。
「……いっこだけ、教えて」
「…………」
「俺がお前のこと好きでも、困らへん……?」
「困るに決まってるやろ! そんなん! 困るって分かっててアンタ言うたんちゃうん? 問題そこやって、ホンマに思ってはるんですか」
問題は、財前が困るかどうかじゃない。
謙也が財前をちゃんと見てくれないことだ。呼び出して顔を見たかったとまで言う謙也が、財前がどんな気持ちで呼び出されたかを考えてくれないことが一番の大問題だ。