「こいずみ」
俺は小さな声で奴を呼んだ。
絶対に近くに居るだろうこと確信していた、が、何分この船は揺れる。揺れると分かっていて乗ろうと言ったのは俺であり、まあ古泉は普通に止めたさ。
「ここに」
古泉の声に、俺への諦めの音は混じっていない。あれだけ反対した割には自分も一緒に行くと言ってきかないし、今も俺の横にぴたりとついている。っていうか、ぴたりとついてるのは近すぎやしないか?
「そうですか?あなたが存外に不安がっているので、このくらいが丁度良いと思いましたが」
馬鹿を言え。あと一日もすれば慣れるさ。
俺と古泉はハルヒからの招待状という名の赤紙を手にしちまったもんだから、指定の場所…今年は孤島へと向かっている。ハルヒの親御さんが所有している島と城だ。赤紙は正確には俺宛であった召集状だったが、俺を呼んでおいて古泉が来ないという事態はまず無いと踏んでいるんだろう。
「…あとどのくらいだ」
「三日ほどでしょうか。…ですから、陸路を選びましょうと僕はあれほど」
「船で来いってわざわざハルヒが言うからには、何かあるんだろ」
「何かあってからでは遅いですよ」
そんなに文句を言うくらいなら、ハルヒに言ってくれ。どうせお前はハルヒの前に出ると笑顔でいい返事しかしなくなるくせに。
「…あなたには、彼女と幸せになって欲しいんですよ、僕は。もうずっとそう願っています。だからあなたに従う僕自身を含めてあなたをお買い得だと思っていただければ、それに越したことはありません」
耳にタコが出来そうな、とはまさしくこのことだ。古泉は返答用としてあらかじめ準備されていたかのような台詞をわざわざ吐いて、うんざり顔を作った俺に苦笑した。
「そんな顔しないでください。僕はあなたのお父様に雇われている身ですが、あなたに不利益をもたらすものは全て排除していく心構えですよ、傷つきます」
「つけばいい」
どうせ心にもない事を言ってるだけ、忠誠心はとっくの昔に俺に帰属してるくせに。上辺だけの刷り込みなんて俺の前でくらい取っ払ってしまえばいいのに。
俺が出奔でもしない限り、こいつは俺の一番近いところに居るんだ。それこそ、死ぬまで。
だけど俺が出奔でもしない限り、俺と古泉は一生このままだ。
それが良いことか悪いことか判断するには、この生ぬるい距離は悪くない。学校に上がるまで、学校を出るまで、領地を継ぐまで、ハルヒが片付く(この場合は俺と、ではなくて、どっかの心が宇宙ほど広い紳士と、だ)まで、と、もう何度も何度も期限を付けてみたが、そのたびに失敗している。古泉が一度でも横に首を振れば、俺は強くそれを勧められない。本当に離れるのは怖い、そうだ、言ってしまえば怖いのだ。
「僕は、傷ついても…傷ついたくらいでは離れませんよ」
「言ってろ」
怖いのだ。