「いたっ」
耳が引っ張られて、財前は普段出さないくらいの大声を張った。時々あるからそう混乱もしないけど。耳にじゃらじゃらつけたピアスがどこかに引っかかっただけだ。それが嫌でリングのものにしているのに、それでも時折こうしてトラブルになる。
「わ」
引き攣れるのに逆らわないよう膝立ちになると、今度は謙也にぶつかりそうになる。そうだ、せめて謙也がゆっくり動く類の人であれば、財前だってこんな大変な目に遭わずに済んだかもしれないのに。
「なに、ざ、え、なに?」
「うあ、動かんといて、あっ」
驚いた謙也がまたこちらを向こうとして、ああピアスが引っかかっているのは謙也のジャージの裾らしい。
「あ、すまん、…俺どうしたらええ?」
「痛いから動かんでください、あ、抜ける、かも」
中腰のまま、謙也はぴたりと止まってくれた。だるまさんがころんだ、と言われた子供のように、すぐ近くの雰囲気からぶるぶる震えているのが分かる。加減を知らん人だな、と財前は思った。
「な、もう、ええ?」
「んん…あかん、どうもならん…めっちゃ痛いし」
誰かに助けを求めようと、頭を固定されたまま財前が目線をやると、ユウジが意外な至近距離で固まってこっちを凝視している。
「お、ユウジ」
「あかん!俺はアカンで!お前ら何や卑猥やもん!!俺の純情は小春に捧げとんねん!アカンからな!」
「へ」
謙也の間の抜けた返事に、白石の笑う声がかぶさった。財前の死角にいるのだろう。
「あーもう、ええです、自分で何とかしますわ。誰も頼られへん」
「財前、待ちや、俺がやったるし」
笑いを収めないまま、白石が近づいてくる気配がするが、大体白石が笑ったりするから余計に鬱陶しい気持ちに(もしくは得体の知れない恥ずかしさに)なるのに。
「いらんです」
かわいないなあ、と、また声が少し遠ざかる。いけない、もう謙也の限界が近そうだ。さっきよりもぶるぶる震えていて可哀想というよりは、財前は自分の耳を心配してしまう。ピアスがひっかかったのが銀だったらどんなにか。
「財前?」
不意に、足元から声がかかって財前はびくりと体を揺らしてしまった。また少し耳が引っ張られて痛む。
「き、きんたろ」
「財前、耳痛いんか」
「痛い、けど大丈夫やから、あっち行っとき」
そうっと、子供に言い聞かせるように(比喩ではなくそのものであるが)。
ここで金太郎に暴れられたら、折角謙也をじっとさせてる意味が無い。
「わいが取ったるで!」
言っても聞かないだろう金太郎を腕でぐいぐい押しやろうとしても徒労に終わり、結局は通りがかった顧問の渡邉に見てもらう破目になったが、耳は真っ赤に腫れ上がって痛い。耳たぶを押さえてしゃがみ込むと、謙也も同じように正面にかがみ込んできた。いつものように横に来ないのは学習したのかもしれない。
「ごめんな」
「や、ええです、俺のがひっかかったんやし。そら謙也君はそそっかしいけど」
「やっぱ俺かい!」
でも、と続ける謙也の視線が外される。
「自分、ちょおっと、エロいわ」
財前は迷わず、予備動作もなく頭突きを食らわした。声も無く額を押さえる謙也は、それこそいやらしい意味も考えもなく発言したのだろうけども、頭が悪すぎる。
「ほんま、屁の役にも立たん」
わざと汚い言葉で罵っても、痛がる謙也には届かないようだった。
同じだけ痛がればいい。だって、恥ずかしいなんて思うだけ財前が損してるみたいだ。