「最近ちょっとおかしくない? ねえ、アンタ、まさかあたしのこと好きだとか言わないわよね?」
俺はその瞬間、どんな顔をしていただろうか。苦虫を噛み潰した顔をしたか、彼女を嘲笑うような顔をしたか、それとも。
駄目だ、笑え、笑うんだ。
ここで俺が彼女を裏切るわけにはいかない、ほら古泉だってすごい顔をしてるじゃないか。いい根性だ、俺が死のうと、最後まで俺が涼宮ハルヒが望む生徒会長であれば奴は、いや、奴らは満足なんだろうさ。知っていて俺も乗ったんだ、分かっている。
涼宮ハルヒの顔を見る度胸は無かった。残っていなかった、と言うべきか。その肩越しの古泉の、どこかこちらを試しているような、バカにしているような、裏切りは許さないと睨むような顔は認識できるのに、より近い所に立っている涼宮の顔が見られない。
畜生、何てことを訊いてくれるんだ、涼宮ハルヒ。お前はどうせ、男は誰だって朝比奈みくるのような女を好いていると思っているんだろう。浅はかだよ、涼宮。お前みたいな、そこそこ頭のいい跳ねっ返りを抑え付けてやりたい男だって同じくらいいるさ。お前の父親も母親も、そんなことは教えてくれなかったか。そりゃそうか。
古泉の口元が少し歪んで、はやく、と音にせず紡いだ。早く返事をしろと言うのか。俺の後ろにいる喜緑に読まれても知らんぞ、と呑気に構えているあたり、俺はそんなに焦っているわけじゃなさそうだ。
「涼宮ハルヒ」
「何よ」
「自惚れも大概にしとけ。ついでに教えておいてやるが、俺は俺のことが好きな女が好きだ」
「……絶対モテないわよ、アンタ」
涼宮ハルヒは、ぎゅうっと眉を寄せた後でやっといつもの挑戦的な目つきで笑い踵を返した。古泉もそれに従う。焦っていたわけではないが、二人が廊下を曲がったところで意図せず溜息が漏れたのだから、俺の体はこわばっていたのかもしれない。
「さて、戻るか」
「はい。……会長のご趣味、意外でした」
ふ、と視線を合わせると、柔らかな髪を揺らして、喜緑が笑っている。そんな慈愛の眼差しを向けられるような発言をした覚えはないと言うのに。
「女の話か」
「恋は落ちるものだそうですよ」
小説の受け売りですが、と続いた彼女の言葉は、なるほど重みはない。涼宮ハルヒに怪訝に思われるより、古泉一樹に睨まれるより、喜緑に笑われてしまうほうがダメージがよほど大きいことはとうに知られているのだろう。
「……君には言い換えておこうか。勝てない戦なんて趣味じゃないということだ」
今度は意外だとも、らしいとも言われなかった。開け放った廊下の窓から梅雨時の重みを伴う空気が流れ込んできて、二重三重にうんざりした。
万が一、涼宮ハルヒをこの俺が好きになったとして、でも言えるわけがないだろう。奴の期待を裏切らない遊び、に乗ったのはこの俺で、向こうはそれが俺の地だと思っているのだから。ここ最近、何かと絡んで来ることに楽しみを覚えてしまったのなら尚の事、勝てない戦をしたくはない。