クリスマス前に起きた世界の改変で俺は、「冬はまだSOS団でイベントらしきものをやっていないし」とか何とか思った。と、思う。思っただけで誰にも言ってはいなかったはずだ、とも思う。何せあの時はSOS団の話をして分かってくれるのは朝比奈さん(大)だけだったし、その彼女も俺の身に起きていないイベント話をうっかり零す事はしなかったからだ。
ともかく誰も知らないはずの俺の心中はどこからか漏れていたのか、冬もそれなりにイベントがあった。人の恋路もイベントに類していいのか分からんが、まあゲームなんかでは「イベント発生」となるわけだからやっぱりイベントだ。
そうやって慌しく過ごしているうちに、いつか長門に聞いておこうと、取っておいた質問も忘れかけていた。
今、急に思い出したのは、今、急にキーアイテムが目の前に現れたからだ。
「…何か、おかしな事でもありましたか」
声だけはさらりと乾いているが、古泉、口が引きつってんぞ。
夜のコンビニでフード付きのダウンジャケットにジーンズにスニーカーという、「ザ・ラフ」といった出で立ちの古泉に出くわしてしまった。俺の知っている古泉は「お前は一体誰に何のアピールをしてるんだ、市内探索にドレスコードがあったとは知らなかったな」と二回に一回は俺がツッコミを余儀なくされるスタイルでいるから本当に珍しい。対ハルヒ用なのか対SOS団用なのかは分からないが、これまでジーンズ姿なぞ見せなかったから見せたくないものなのかもしれない、とも考えて知らん振りをしようとも思ったが、そのスニーカーの履き方に目を奪われて一瞬立ち止まってしまった。気配にも敏い優男は気付いてしまい、口を引きつらせながらも笑顔を作る事に決めたようだった。
「おかしな事って…わざわざ言った方がいいか」
「いえ、結構です。…これ、会計してきますから、少し外で話しませんか」
それこそ結構です、と普段の俺なら断るだろう。古泉が仕切りなおしをして話す事にろくな内容はない。いつも小難しいか苛立たしいかの二種類のどちらかだったからな。
だというのに、己に内在する不思議探知機のアラームを無視できなくなってしまった俺は買おうと思っていた肉まんを二の次にして、気温の下がりきったコンビニの外で古泉を待っていた。ちなみに不思議探知機のアラーム音が大きめになるように再設定されてしまったのは、やっぱりクリスマス前の世界改変、あの一件以来だ。言っても、「いかにも大変な事にならなさそうな状況下(つまりハルヒ抜きって事)で」不思議に対して「人より少しばかり素直に」飛びつくようになった程度でどっかの団長様ほどではない。断じて違う。
最近の自分が毒されているのではないかなどと思い返していると、古泉が肉まんを持って出てきた。肉まんではないかもしれん、とにかく何らかの中華まんだ。
「俺が買うのを諦めたっていうのに」
「それは良かった。あなたの分を買って来たのですから。僕は中華まんの類がどうも苦手で」
目的地も知らぬまま歩き出すうちに、どうでもいい古泉情報が一つ増えてしまった。本当に使い道がないが。それを知ったところで何かの折に中華まんを持ち出して「これが目に入らぬか。言う事を聞け」と脅したところで、きっと古典にある「まんじゅう怖い」的なオチが付くに決まってる。
「考えすぎですよ。これはあなたに」
渡された包みを開ける。おお、カルビまんだったか。
「この微妙な奮発具合は何なんだ」
古泉の財政状況は知る由もないが、普段自分がカルビまんには手を出さないのは知っているだろうしな。
ふっ、と笑った古泉の息が白くなって消える、様にはなっちゃいるが、それを俺が見たところでよろめく訳もない。全くの無駄撃ちだ。
「カルビまんは口止め料です。その…こんな格好をしているのを、どうぞ内緒にしていただきたくて」
こんな格好、と言うほどのもんでもない。俺達の持っている古泉のイメージの外にあるっつーだけだ。
情けない笑い方、まあその依頼は受けんでもない。賄賂としては中々に魅力的だしな。
「ありがとうございます」
ラフな格好の古泉の話をハルヒや他の面子にしたところで、「へえ、そういう服も着るのね」という反応があるくらいだと思うがね。それがあいつのストレスになるとも思えん。むしろ「彼女とデートでもしてたんじゃないの?SOS団の活動に支障を来たさないなら問題ないわ」と、こう続くだろう。
それでも俺は「礼には及ばん」と仰々しく言い渡した。理由はただ一つ、一口齧ったカルビまんが異常なまでに旨かったからだ。
それに古泉、お前は知らんだろうし、そうあっても仕方ないと俺だって思うが…長門は知ってるぞ。お前の下駄箱なり玄関先になりそのスニーカーがあった事くらい。
おそらくお前が好きで買ったその靴を、好きな時に履けばいいのに、と長門が思ったんじゃないか、と、俺は推測するわけだ。
あるいは、もしかしたら、靴のために北高から飛ばされたのかも知れんな。