(謙也大学1年生、財前高校3年生)
しばらく会っていなかった。
特に連絡が途切れたわけでもなく、近況を何となく知ってはいた。問題は特になかった。声が聞きたいと思えば何でもない用事で電話をして、五分程度の短い電話、切った後から「顔を見たい」と思うのはいつものことだけど、そもそも会う約束の電話だったから待てばいいだけなのだ。
そういう、気持ちが詰まってしまったような感情は自分の側だけにあるものなんだと、財前は思っていた。相手はあの謙也だ、思ったことを口にすることに躊躇いは見せないし、相当のカッコつけであるはずなのに財前には気の抜けたところも結構見せるようになった。だから、謙也の側が「会いたい」と言ったらその時が会いたい気持ちのピークなんだろう。疑うこともせず、恨むことも他に悲しくも辛くも、なかった。そういうものだろうとだけ思っていた。
だいたい一月ぶりに会った。
キスもセックスもするようになってから、一月空いたのは初めてのことだったが、忙しいのだからしょうがない。会わずに二週間を過ぎた頃に来た真夜中の電話、謙也が「二分でええから会いたいなあ」と呟いたので財前はもう途方も無く腹を立てた。本当に、途方もない。
謙也がそう漏らすことは嬉しいし、ままならない互いのスケジュールだって分かってるし、二分で何ができるんだろうなんて冷めた目線で考えることもなく財前だって会いたい。会いたいというか、もう「見たい、見かけるだけでもいい」の領域に差し掛かってきたほどだ。
他の誰かじゃだめだなんてチープなことを、よりにもよってAVを見ながら再確認したり、どうしようもない残りの二週間を経てからの逢瀬の約束。段々と謙也の機嫌が悪くなってきているのは短すぎるメールの返信で感じていた。でも、会えばどうにでもなるのだと思っていたのだ。
謙也の部活の遠征の帰りを新大阪駅まで迎えに行った。適当に夕飯を食べてあわよくばどっかで即物的に愛とか執着とかを確認することが、……平たく言うとセックスが出来たらいいなあと思いながら待つ間は携帯も見なかった。時計を見てあと何分だ、だとか考えるのが煩わしい。ピアスを全部抜いた耳にヘッドホンを宛がって、両の手はそれぞれカーディガンのポケットに突っ込んで目を閉じる。雑踏の音も閉じてベンチで待っていた。
何曲目かに差し掛かったとき、音が急に途切れた。代わりに何だか機嫌が悪そうな低い声が飛び込んでくる。
「財前」
本当に機嫌が悪いかどうかは分からない。不機嫌そうに軽く眉を顰めていて、声も聞き取れるかどうか分からないくらいのド低音、何だかかすれている。人の顔を見るなりそれかい、とつっこんでやろうと思ったのに、同時に「きっと顔を合わせた瞬間に笑顔になるんだろう」と思い込んでいたから戸惑った。その顔を自分がどれだけ想像していたか、という事実を不意に突きつけられてまた戸惑う。
「お帰んなさい」
「ん」
「……飯、行きます?」
人が行き交う改札前でじっとしているのも邪魔だろうし、何よりあの短気な謙也のことだ、スケジュール決定が早いに越した事はない。ところが謙也はうんともすんとも言わずに、ずんずん歩き出す。何か言えや、こっちが気ぃ遣て……と思いながらも振り向きもしない謙也についていく。財前の機嫌も、言いたい事も体調も、何も疑わないで謙也が勝手にするのは恋人に対する信頼ではなく、長かった先輩後輩のそれだろう。文句があればその都度言ってきたし、取るに足らない我侭ならそれと分かるようになってきた。だから踏み出す足に不安はなく、こっちをあまり見なかったことへの若干の不満を共についていくだけだ。
レストラン街を過ぎても止まる気配がないから、地下鉄なり何なり、てっきり乗換えをするものだと思っていたのにそれも違うらしい。階段を降りて外に出る段になって財前は考えるのを放棄した。謙也のことだから目的一直線に決まっている、すぐに答えが出るのだから、何か予想をしようとするだけ時間の無駄だ。会わない間に細くも太くもなっていない身体を後ろから眺めるだけ、声もかけない。
無言のまま歩きに歩いて、途中から「俺がヘッドホンしとっても気付かんとちゃうかな、このひと」と思い始めた頃、急に振り向いた謙也に腕を掴まれた。相変わらず、再会の瞬間と違わない苦々しい顔に無意識のまま構えた。
「なん、」
掴まれずとも逃げるわけない、ここまで強制もなかったのにちゃんと後ろをついてきただろう、と抗議に似た発言をしようとして、言葉を飲んだ。趣味の悪いギラギラした看板がしかめっ面の謙也の背後に見える。あと数時間もすれば電飾が灯って、余計に分かりやすくギラギラするであろう特徴的な看板。あれ、と周囲に視線を巡らせれば分かりやすいラブホの群。
「マジすか」
返事もしないまま、そして腕も掴まれたまま。日も沈まぬうちからホテルへ有無を言わさず連れ込まれるなんて、男子に生まれてきて何てことだ、と心のうちで笑う。不機嫌な顔も言葉も継がずに足早に歩いたのも、謙也の中で一番優先された欲望がコレだったというだけのことか。
笑ったら可哀想かと奥歯を強く噛んで下を向くエレベーターの中、掴まれていた腕がようやく離された。無人のフロントで部屋を選ぶときだって財前はずっと下を向いていて耐えていた、跡がつきそうな抑制できないらしい力加減も、可笑しくて愛おしいから文句は言わずにおいた。もういいのか、と謙也の顔を伺おうとすると、今度は手のひらを合わせるように繋がれる。汗で滑って、滑っただけちからを籠められる、もう疑いようの無い謙也の欲を突きつけられて安心するやら緊張するやら、可笑しいやら興奮するやら、財前だって忙しい。
ドアを開けるなり抱き込まれて、財前の後ろでドアが閉まるタイミングで唇を舌で割られた。熱い、おかしい、可愛い、どうしようもなく愛しい、抗いようもなく嬉しい。ああこの人の直情的な、なのに自律ばっかりするところを自分はよく知っている。
この力任せの、飢えを満たすような乱暴なキスと抱擁だけで、もう一ヶ月はいけるな、と財前は思った。